立川GREEN SPRINGS

コロナの影響もあり、中に入るテナントの開業が遅れていた立川GREEN SPRINGSを訪れた。すっかり行くことを忘れていたが、研究会で話に挙がっていたこともあって行くことにした。このプロジェクトは、敷地の総面積が4万㎡もあるとても大規模な開発で、どうなるのか気になっていたものだった。(今思えば卒業設計でこれより大きいものを短時間で設計するなんて無謀なことをしていたと思える。)

1階部分を駐車場に割り当てて、2階レベルが歩行者のグランドレベルになるようにされている。横には昭和記念公園のもっと巨大な緑が広がっていることを考えると、なんとなく連続させたくなるが、そこは思い切っているなと思った。

2階部中央は1万㎡の広場になっており、とても緑が豊かな空間になっている。こういうものは、計画段階のパースの方がやり過ぎというくらい綺麗であることが多いが、実際の空間の方が緑が豊かであった。季節的に丁度、見どころだったのかもしれない。

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もう一つの大きな特徴は、敷地の一番北側の人工滝だと思う。人を凌駕する巨大なスケールで、維持することが大変そうだとは思う。ただ、多くの親子が訪れて、親水空間で遊んでいる様子を見ると、この立川の土地に求められていた存在なのだと感じさせられる。これほど思い切った人工滝は、都内には無い気がする。

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緑溢れる広場にいる人が近くの住民か遠くから来たかは分からないが、多くの人にとっての庭のように自分の居場所を敷地内部に見つけているようであった。同じようなことを都心部でやろうとすると(土地的にも難しいが)、人が多すぎて嫌気がさしてしまうが、都心部から少し離れた立川という土地では、丁度良く過ごしやすい場になるかもしれない。f:id:arc0183:20200728211549j:plain

池袋の都市公園づくり、イケ・サンパーク

先週の11日にこのような状況であるが、「イケ・サンパーク」という都市公園がオープンした。完全なオープンは秋ごろにはなる予定というが、とても楽しみな公園の一つである。豊島区が掲げる「国際アート・カルチャー都市」の実現に向けて整備が行われている4つの公園の最後の公園である。最近、表参道の交差点の角地にソニーパークで行われていたもののような、利用のされ方が増えてきたと感じるが、その中でも、多くの人がふらっと立ち寄りやすい環境がつくられていくと期待できると思う。

 

イケ・サンパーク

この公園は、造幣局東京支局跡地につくられた最も面積の大きいで、防災公園としての役割も兼ねられている。広さもあるので、南池袋公園ほどしっかりとした養生は難しそうですが、同じく広々とした芝生の公園にもなっている。使われ方は、これまでに完成している公園など、池袋外から訪れた人の利用とは異なり、子供が広い場所を走り回ったりするなど、より周りに住んでいる人が使いやすいものになっていくような気がする。

また、IKEBUSという低速度バスの停留所も設置されている。いままでのAルートに少し変更が加えられて、公園内部を通行していくかもしれないが、いずれにしても、街にとっての公園がモビリティの転換地点として認識されると、移動と滞在の場所が結び付き良いなと思う。

南池袋公園

すでに完成している残りの3つの公園のうち、2016年に完成した南池袋公園は、いつ行っても多くの人でにぎわい、都市公園としてとても成功しているように思える。運営のために、変電施設をこの地に所有していた東京電力の協力があったり、「南池袋公園をよくする会」を立ち上げるなどの取り組みは、もっと多くの都市でも広まっていくといいなと思う。

数ある取り組みの中でも、芝生を維持することもこの公園の価値を大きなものにしていると感じる。多くの人がレジャーシートを敷いたり、あるいはそのまま寝そべったり、こどもが歩き回ったりしている。こういう場所が多くの人が都市の中で求められていると同時に、職住近接の住み方には、こういう公園の近さも大事であるかなと思わされる。

 

ikesunpark.jp

原っぱと遊園地

緊急事態宣言は解除されたが、どうしても不自由な日常はなかなか変わらない。オンライン上で仕事をする生活に移っていくのかもしれないが、まだそれを支える設備が追い付いていないなと思う。そう思う一番の要因が図書館なわけで、もう図書館は使うことが出来てもいいんじゃないかとは思うけれど、なかなか叶っていない。あの図書館にいれば、幾らでも読みたい本に気軽にたどり着ける日に早く戻ってほしいと切に思う。

ここまで図書館に行きたいというのも論文や設計をするにあたって、どうしても青木淳さんの「原っぱと遊園地」を読みたかったからで、結局amazonで取り寄せることになった。学部の設計課題の時も何回か読んでいる本なのだが、時がたって、卒業設計を終えてから読むとまた見え方が変わってくる。青木淳さんの初期の住宅設計を通じて模索している感じと、自分が設計している時に考えたことを照らし合わせてみると全然違うのだが、どこか共通する部分も出てくる。

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修士の課題で大宮前体育館の敷地に同規模の体育館を設計するということをした経験がどこか残っていることもある。もちろん設計自体も全然青木淳さんのようには到底いかないのだが、似たような思考をあの敷地で辿ってみることで、バラバラ感をバラバラなままつなぎとめることを考えるプロセスには納得がいった。10+1の論考で浅子さんが使った、平行世界から来た人が設計したみたいなという表現が、とても腑に落ちるような感覚が建築全体にまとわれているイメージがした。普通に設計したら、こうはならないなということが沢山あることに気づく。あとをなぞるように設計すると、ただ単に見学をし話を聞いただけでは気づかないようなことでも気づきやすくなる。

地下2層の周囲を回る回廊みたいな部分は動線なんだけれど、一部がジムとして使われていたり、体育館を作り込まない、目的地を作らないという「原っぱと遊園地」で書かれていることもかなり分かりやすく表現されている建築かなと思う。

 

原っぱと遊園地―建築にとってその場の質とは何か

原っぱと遊園地―建築にとってその場の質とは何か

  • 作者:青木 淳
  • 発売日: 2004/10/01
  • メディア: 単行本
 

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エスカレーターと建築

先日の『マツコの知らない世界』で換気扇や室外機などとてもコアな内容で特集が組まれていたが、その中でも田村美葉さんによるエスカレーターの部分が特に面白く自分の興味に近いものであった。

www.tokyo-esca.com

原広司梅田スカイビルのなど建築学生でもよく知っている建築であったり、よりコアなディテール部分やタイプなどにも渡る幅広い内容であった。スパイラルタイプのエスカレーターを中心的に取り上げられている中で、ランドマークプラザのものは小さい頃から印象に残るもので、エスカレーターの持つ象徴性の高さは新しい発見でもあった。

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原広司の2本のエスカレーターは、その立ちずまいもだが、空中に抜けていく体験は日常にはない特殊体験も特殊なものになっていると思う。この体験は渋谷ストリームで感じるものにも近いものがあるし、横浜のNewomanでもヴォイドを突き抜けていく体験は出来るのかもしれない。

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パリのポンピドゥーセンターもエスカレーターが大きく外側に見えるように出ており、一度上まで登るという体験もとても面白いが、何度見てもこのエスカレーター前の広場の光景はどうして生まれるのかが不思議である。エスカレーターがあることによって側面に常に人の動きがあることが何かしらの影響を受けているのかもしれない。

エスカレーターに生まれる人の体験は、中々予測できるものではないし、そこまで深く研究されてないのかもしれないが、静止する人とダイアゴナルに移動していく人の関係は興味深いと思う。

コロナにより生まれる新しいマナー

ソーシャルディスタンスや三密などの言葉が定着したことで、日常生活でのちょっとした動作や行動にもなんらかの力が加わっている。前を歩く人とは自然と距離をとったり、反射神経的に人混みを避けるように動いたり、だいぶ行動の根底に根付いている気がする。

電車でも、同じような現象が起きている。線路と直角方向に座るクロスシートの車内(2人ずつ座るタイプ)では、皆がみな横に自分の鞄を置くことで占有していた。横に近くに座ってほしくないという抵抗からの行動であり、コロナ以前であれば、明らかにマナー違反であるような行動である。

しかし、今このような状況でそれを咎める人はもちろんいなく、皆そうすることがスタンダードであるということを共有している感までもあった。マナーという長い期間において人々の間で作り上げられたものは、世代間にギャップがあるとうまく共有することのできないものであり、良く衝突を生むが(特に電車内には多い気がする)、皆の意識が同じ方向を向いていると、割といとも簡単にマナーは変化していくのだと感じた瞬間であった。

「やりたい」ことを「やれる」ひと。

今は、何でも自粛を迫られる状況であるが、こういう時間が出来ると普段は出来ないようなことを始めたくなってしまう。(昔からの性格でもあるけれど笑)

多くのプロジェクトが同時進行で動いている時には、なかなか手を付けることが出来なかったものが数多くあって、そういうことに手当たり次第がむしゃらにぶつかっている状態。語学や資格を学んだり、建築雑誌を読み漁ったり、諸々の設計活動をしたりなどこれまであまり時間を使えていなかったものに時間を使っている。

 

この性格は昔から変わっていなくて、急に暇になり、時間が意識せずとも流れていた状態から抜けると、いろいろと「やりたい」ことが湧くように出てしまう。結果的に、前よりも忙しくなるのだけれど、気持ち的にはあくまで暇つぶしの感覚で要られて気は楽になれる。この性格は自分にとって良いものだと思っていて、建築という一つに固執するだけではなく、より幅広くの知識や教養が求められるからである。(かなりポジティブに捉えているけれど、あながち間違っていないと信じたい。笑)。実際、卒業設計が終わり新しく研究室のプロジェクトを始めたときも、大きな一つの仕事を終えて早く次のものに取り組みたいという感覚だったと思う。連続する流れの中に大きなすき間やブランクを作りたくないという現れかなと思う。

こうやって、暇になったときに新しく始めたいことは、心から自分がやりたいことであることが多いなという感じが、経験上ある。建築をしていると先のことはあまり分からなくなってしまいがちで、多くの人もそうだとおもうが、進むべき方向が分からなくなった時には大切にしたいと思う。今のやりたいことをやり続けれるような人になりたい。

 

リモート時代の働き方・暮らし方の話

新型コロナウィルスの影響で、今までにはないほど多くの人がリモートワークに移行している。この感染症が落ち着いた後に、これまでのワークスタイルに戻るのか、はたまた、リモートワークを多く取り入れる方向へと変化していくかは、まだどっちとも言えないが、これまでの働き方を考えるきっかけにはなっていると思う。

建築業界での職住一体

これまでも、建築のコンペや議論の中で職住一体の生活について話題には上がり、山本理顕さんの地域社会圏主義や北山恒さんのHYPERMIXなど論や実作を通じて模索がなされてきている。しかし、今回の出来事がこれまでと大きく違うのは、リモートワークや職住一体の生活について「まったく意識を向けていない人」に対しても半強制的に考えさせられる機会であったことである。

 

新しい働き方を模索している人は積極的に山本理顕さんが行ってきた活動について触れようとしたり、多拠点居住の活動に参加したりしてきたと思うが、多くの人が同時にリアルな場で経験をすることはこれまでなかった。

 

家で仕事をすること

家で仕事をするという行為は、一見何も問題は無いと考えるが、実際に行ってみると数多くの問題に付き合たる。家族がいれば、同じ住宅の内部で、働いている人と住んでいる人が共存したり、どこで働くべきかを考えることも、大きな問題として立ち現れる。また、他の仲間が働いている様子が感じられないのも大きな変化になると思う。普段から離れて作業することが多い身としては慣れたものであるが、急に孤独になることで意識を向ける先が定まらなくなってしまう気もする。

 

 

空気感の共有

ひとつ同じ空間を共有しながら、向いている方向が違う人がいることの難しさに気づくと思う。もちろん家族であれば、共有すべきところは多いのだが、仕事に向かっている時は、家族というコミュニティから外れ別の組織に属している。しかし、身体的なつながりは、空間を共有している家族の方がつよく、画面を越しての感覚の共有は難しい。

物質的な感触や臭い、マイクが拾わないような細かい雑音など、同じ空間にいないと共有できないことは非常に多いことに気づく。ミーティングにしてもやはり話の間などは取るのが難しい。こうした部分は、同じ空間を共有するリアルなオフィスにはかなわないと思い知る。離れていながらも同じ空気感を作りだすことを今、試行錯誤してみることは、きっと来るであろうリモート時代の働き方を豊かにすると思う。

こないだのゼミの中で先生からあった話で、同じ食べ物や飲み物を食するとどうなるだろうかという話題があった。視覚や聴覚の情報しか共有できていない状態と比べて、同じものを食べる行為が加わり味覚も共有すると、共有するする空気感も一段階リアルに近いものになると考える。小さい工夫であっても、今の時期に試行錯誤してみることは大きな価値を生む可能性があると思う。

 

谷尻さん「CHANGE」を読んで。

家にこもる時間が増えたので、どこか出かけに行く時間が、本を読む時間に変わってずいぶんと経った。最近、読むだけ読んで、感想を文字に起こすこともなかったので、久しぶりだけれど、考えたことを書きたい。

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この谷尻さんの「CHANGE」は、建築の専門書でありながらも、建築を学んでいない人にとっても大変読みやすくなっている。それも、建築のアイデアの本質的なところに触れながらも、身近にある事象をかいつまみながら進むことが、読みやすさの大元かもしれない。

建築家としての職能は、これまで何世紀も前から、画家や彫刻家として作品を残してきた先達がいて、もちろん今でも様々なアイデアを形にするという、建築家が得意とする分野で活動をしてきた。谷尻さんの活動もひろく見れば、これまでの建築家がしてきた職能の拡張とは変わらないが、大きく異なるのが建築の中で捉える部分が異なる気がする。一つの建築をつくるまでには様々な過程を経て、実空間に建築が建つわけであるが、その過程の最初の方の「ことばで考える」段階をとても重視しているように思う。

どうしても、建築の設計を知らない人は出来た成果物としての作品を見てしまうが、建築をしている人は、思考の過程での「ことば」を使ったり、ダイアグラムや図式でイメージを作る作業が得意な人が多い。

また、学生のコンペを見ていると分かるように、建築の形態と同じように、どう考えるかといった思考過程も問われているように思われ、そうした技能に秀でている人も増えているのではないかと。建築設計の仕事ではなく、デベロッパーや広告業界に行く人が多いのは、そうした思考過程が似ていることで、業界を超えていくハードルが低いのだと思う。

谷尻さんが違うのは、建築設計事務所を運営しながらも、積極的にこうした新しいスキームを創り出していることだと思う。むしろ、建築をやっているからこそ出来ることを見つける感度が高く、新しいものが生まれやすい。こうした活動によってうまれる、谷尻さんがいう職業・谷尻誠というのはとても面白く、むしろ今後、職業という言葉でくくりきれないほど、個人によって違う職能を持っている世界になっていくのは純粋に楽しみである。

 

高輪ゲートウェイ駅

昨日開業した高輪ゲートウェイ駅に。開業前から度々話題に上がっていた駅だが、都心に新しく駅が出来ることはあまり無いことなのでなんだかんだ楽しみにしていた。
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駅のホーム上は大空間になっており、ホームにも大きな屋根を支える柱が気になるようなことはなく、ホームと駅上の空間で空間の感じ方がだいぶ異なるように見えた。また、開業に合わせて臨時の動線になっており、改札を出なくても屋根の外に出ることが出来たことも面白かった。今後、改札というものがなくなったときの駅の可能性を感じたし、この駅はそういった将来の場面にも対応していきそうと思えた。f:id:arc0183:20200313195144j:plain

このような木質の壁面が多く使われているのも大きな特徴なのだが、トイレを待ちで並ぶときなどに、みんなが壁を触っていたのが面白かった。最近、駅に対して行うプロジェクトを行っている身として、これだけ、直接的に製作者側の考えていることが利用者に届くことはいいなと思ってしまった。駅自体は、まだまだ未完成で、周辺の開発もセットで完成という側面もあると思うので、この駅を通して色んな可能性を試してみてほしいと思う。

個人的には、タッチ面が斜めになっている改札機は、applewatchを利用しているととても快適だった。(これまでの改札機は高さが低かったりして、なにかとスムーズではないことが多かった。)駅から出るという動作が、より簡単なものになっていくと、都市の体験は変わっていくと思う。

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他にも、折れているサインやはみ出している案内、色が調整されている点字ブロックなど、細かい技術でいろいろな試行がなされていることを感じた。そういえば、ポスターは何も貼られていなかったかなと思う。今後、どのように貼られて行って管理されていくのかも気になった。

 

 

『石の美術館』設計:隈研吾

那須にある隈さん設計の「石の美術館」を訪れた。本当はもう一つの馬頭広重美術館も行きたかったのだが時間なく行くことは叶わなかった。北関東にも山ほど見てみたい建築があるのだが、中々時間がなく見て回ることが出来てない。

今では数多くの美術館建築も日本だけでなく海外にも多くある隈さんだが、今回訪れた「石の美術館」はその中では2000年竣工の初期の作品ということになる

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石の美術館は芦野石という安山岩が用いられている。同じ栃木県で採れる大谷石ととても近い種類で、耐久性・耐熱性に優れながらも柔らかく加工がしやすい特徴を持つ。

この美術館では至る所に、ほぼすべてと言っていいほどの場所に石が用いられている。

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元々あった石蔵を再生しつつ、広場づくりと石を利用したルーバーづくりに取り組んでいる。こういった仕事は富岡のおかって市場もすごい似たような仕事であり、古いものの素材を生かすという操作は良く見るべき視点なような気がした。

 

点・線・面

隈研吾教授最終連続講義 第八回「エンジニアリングの未来」 @安田講堂

f:id:arc0183:20200125181310j:image隈先生の最終講義シリーズの第八回。今回は構造を主題に江尻先生、佐藤先生を招いてのレクチャー。

隈先生が自身の建築の原点として語られる代々木競技場の構造についてから始まり、その時の感動は構造によるものだったという話から、構造に対する意識についての話がメインとなる。終始、東大の先輩でもある丹下先生の建築と比較するように、自身の建築の構造について触れられた。国立競技場では、屋根材を構造を合理的にするために長手にむくりをつけており、これは丹下先生の体育館の下がアーチになっていること同じような構造的仕組みを施していたという。また、高輪ゲートウェイ駅も同様に、木と鉄の混構造であり、下から見上げると木が主役になるような地面に近いレベルを主役とするような意識があると言う。これも、丹下さんが空に向かっているのに対して、建築は地面に近いものを作る意識があるという対照的な側面がある。

そうした地面への意識のもとで、江尻さんや佐藤さんとはパビリオンを作ってきた。小さいものの集合体で穏やかな建築を作る考え方はパビリオン作品にも現れている。

1人目の登壇者である江尻先生は隈さんの伝承館で仕事として携わって、その後も小さいパビリオンなどで多くのプロジェクトに関わった。小さな構造設計として住宅より小さいスケールのフォリー、モニュメント、仮設の仕事を行い、構造設計の技能や特殊な材料や構法もが求められるものを行ってきた。

特殊素材(CFRTP)を用いた作品がいくつも紹介されたが、中でも「富岡のおかって市場」は、古い倉庫に特殊素材を挿入することで構造的に成り立たせ、かつとても気持ちの良い空間が作られていた。

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「COEDA HOUSE」はワイヤーに加わり積層も加わって形態が成り立たされている。 中心から放射状に引っ張られたワイヤーによって建築全体がワイヤーによって支えられ、そういった機構は積み重ねられた木の合間に見ることができる。僅か8m角のスペースでありながら、年間で28万人が訪れる人を惹きつける空間になっていることも驚いた。

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f:id:arc0183:20200125183224j:image紹介があった中で、すむしこと風車を組み合わせた機構のパビリオンは一番気になったプロジェクトであった。すむしこが回転する軸でありながら、柱として支える構造体にもなっているという、シンプルでありながら様々な技術が融合しているものである。

次に佐藤先生の話。かぼそいような材を組み合わせることで、半透明な構造が環境のフィルターのように働くことを考えている。サニーヒルズでは、構造的に合理的な形に合わせるように、大きくする部分を調整する。全体を最適化することと同時に局所的にも最適化する手法は今後も大事になってくる。

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隈先生との仕事をしていく中で、水玉模様より花びらのような模様が強いことがわかり、密度を調整することで強さをコントロールすることができるといった発見もあったという。デジタルデザインがもっと進むと大工の仕事が減るのではなくむしろそういった人の持つ技術が引き出される可能性があるという言葉は、実際に多くの現場で技術の高さを目の当たりにしているからこそ出てきたものだと感じた。虫展でトリケラの巣をモチーフにしたもので何かを作るというプロジェクト。世界最薄の和紙を草木染めしたものに、細い木材を組み合わせ全体型を維持する。端部の束方や長さを変えることで違った形状を作っていく。手作り感がありながら最新の技術を用いて作られた構築物で、壊れる時も安全にくしゃっと壊れる。壊れ方の考え方も今後は大事になっていくという考え方はすごい共感できたし、様々な建築形態に応用できる可能性に満ちた思考法だと思った。

増田信吾+大坪克亘展 「それはほんとに必要か。」 @ギャラリー間

1月16日からはじまった増田信吾+大坪克亘展。前回のギャラ間のADVVTの展示を行き損なってしまったので、今回は会期の早いうちに訪れた。

躯体の窓など、新建築の誌面上は見たことある作品はあったが、俯瞰的に見ることは初めてで、展覧会の中でぼんやりだが浮かび上がった建築の思考はとても共感しやすいものだった。会場の構成は分かりやすく、下階には各プロジェクトが巨大な部分模型と壁面の言葉によって語られ、上階の展示は周辺のコンテクストを含んだ引いた目線から見た模型により、プロジェクトを一望することが出来る。どちらの階も余分なことを言わず伝えたいことが浮かび上がっているようで、一見対比的でありながらも密にリンクしているようであった。

「躯体の窓」のプロジェクトは時間軸的に建築を対応させていく姿勢や建築の境界面を思考していく部分が、自分の関わっているプロジェクトややりたいことにとても近く、今回の展示会の個人的な一番の目玉になっていてた。詳細模型はとても精密だし、何よりガラス面に書かれていた言葉もとても良かった。

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建築の境界面がどうやって外部に対して働くか、外部のための窓みたいなものが実現されているようだった。そういう意味では「街の家」のプロジェクトの説明の中で書かれていた、外構に対して高い意識を持つという姿勢もとても共感がもつことが出来た。こうした下階に書かれていたことの種明かしは上階の周辺を含んだ模型の中で語られている。

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初めて知る作品もいくつもあったが、短時間の間でまるで良く知っているプロジェクトのような気分になる展示で不思議な感じがした。見たものは大小異なる二つの模型と添えられた言葉のみで、ここまで自分の中にすっと入ることは体験したことがないかもしれない。
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 建築の用途は主に住宅であったが、もっと建築内部に公共性の度合いが高まったときにどういった境界面を作り出していくのかがとても楽しみに思える展示会だった。

 

Adaptation 増田信吾+大坪克亘作品集

Adaptation 増田信吾+大坪克亘作品集

 

 

隈研吾教授最終連続講義 第七回「歴史と継承」 @安田講堂

隈研吾最終連続講義の第七回。建築史家の藤森先生と政治史家の御厨先生を招いての講義。台風で2ヶ月も延期になってしまい平日での開催だったが、多くの方々で賑わっていた。

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まずはじめに、藤森先生から隈建築の変化と今の隈建築の原点の話。処女作である伊豆の風呂小屋では石山治のような解体的なもの。初期の作品として有名なM2はポストモダンの背景を投影したもの。水/ガラスでは、鉄の要素を取ってガラスだけに純化したもの。一見すると共通点が無いように見えるものであるが、その時の前衛のものを極端にするという大きなブレない軸がある。時には、構造的な無理を克服して成し遂げてきた。ある種の試行のようなものを隈さんはしていたという分析としてまとめられた。

 

こうした試行の時代を経て、広重美術館が今の細かい隈建築の原点であるとした。隈さん自身も原点として挙げていたが、ここで見つけた手法は今も変わらず引き継がれている。微分したものを集めていくことで一つの建築を作るというところである。

 

建築では対立するものを如何に扱うことが一つの重要な点としてある。内と外、コンクリートと鉄、自然と工業など対立物を一体化する方法をどう見つけるか。化学的にはアセトンが中和するように媒体を介すか、牛乳が分裂しないように細かい粒子の状態でいるか。隈建築は細かい状態で対立するものを一つの形にしている。

 

丹下健三も弥生的な建築と縄文的な建築の分裂に弁証法を用いた。対立する者同士が互いに影響を受けて違うものになる、ジグザグしながらも真っ直ぐ進むマルクス主義の影響を強く受けている。結果としては代々木のプールと小競技場のように、大きいものと小さいもの関係で、対立物を表に出さない。

 

続いて御厨貴さんから政治家の家についての話。政治家の家は、有名建築家が作った例はあまりない。吉田五十八が作った吉田茂邸は有名であるが、匿名な設計者であることが多い。そこに政治と建築家の距離感が表れている。

それでも、昭和の時代は住む場所に対してのこだわりや信条は強く、中曽根総理の日の出山荘は、非日常性あふれる精神的クリニックの場として利用していた。

竹下登も、佐藤栄作が住んでいた家を追うように引っ越しを繰り返した。一方、平成になって建築に興味のある政治家が居なくなった。これは一つの大きな時代の変化で、新国立競技場が建つまで、建築が話題になることもあまりなかった。

 

新国立のように国の建物を建てて話題になる機会は随分と減ったが、明治の建築家は国や大企業がパトロンになっている場合が多い。大企業の本社は日建設計が多く作ったが、それでも経営者からの要求がないなど、建築への意識があまりなかった。

 

政治家の家に対する意識の希薄は日本では際立つが、海外の場合だと状況は大きく異なる。中国の習近平は特に興味を持っていて、アドバイザーには精華大学の教授がついていたり、CCTVのレムコールハースの建築を名指しで批判したりするなど、建築業界に深く踏み込む。それでいて、一帯一路の政策をしながらも環境と建築保存を徹底してる。日本の場合、建築の優先順位が低いのは、政治家が出てきた歴史が浅いことが多く、2代も政治家を務めた人も少ないことが影響している。建築業界と政治の乖離はこれまで考える機会はなかった。この状況の中で、今後どういう立場に建築があるべきかを考えさせられる講義であった。

PLOT 設計のプロセス展2019 GAギャラリー

最近、バタバタと忙しいことが多くて、ゆっくり文章を書いたり展覧会をじっくりと見に行く時間が取れなかった。森美術館の「未来と芸術展」や2121のマル秘展など気になるものも多く、いつか行きたいで終わらないように時間を見つけていきたい。

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こないだ、偶々新国立競技場のほうに行く用事かあって、新国立からGAギャラリーという流れで千駄ヶ谷を移動した。新国立はもうほぼほぼ完成していて、残りは周辺の整備くらい?という感じだった。聖徳記念絵画館越しに見ても高さは高いといった感じはしなく、むしろ幅が広いなという感じがした。陸上競技場に行く機会があまりないからかもしれないが、東京の一等地にこれだけ広大な建築が建つことの凄さを感じた。

GAギャラリーの会場内は写真を撮ることが出来ず、文章だけの表現になるが、前回よりも、展示方法が多様になっているように感じた。今回は、構造家の佐藤淳さんやテキスタイルが専門の安東陽子さん、ランドスケープ・植栽が専門の山﨑誠子さんなど、建築が舞台であっても専門は建築意匠や計画ではない人たちの展示があったこともあるかもしれない。上階の展示室にあがる階段のところから安東さんの展示が見えたり、展示場所にも工夫が施されている。佐藤淳さんの展示は、以前2121で虫展に出展していたもので、残念ながら行き損なってしまったものであった。製作過程は、たまたま、研究室の横の部屋でやっていたこともあり、よく知っていた。世界で一番薄いという和紙を用いており、とても繊細な作業をしていたのが印象的であった。

建築の分野では、平田さんの図書館が面白かった。以前、御手洗さんの展示の時にコンペで利用した映像を見させてもらったのだが、平田さんらしい建築がそのまま規模が大きくなった印象であった。プロポーザル形式ということで、クライアントが求めているものとの擦り合わせ部分が必要になってくるとは思うが、求められているものと平田さんの建築が見事に合致しているような気がした。公共建築を決める際にプロポーザル形式が本当に良いのかという議論はあるが、依頼主と設計者がマッチした良い例だと思った。

 

「令和元年の建築系研究室」建築文化週間 学生ワークショップ2019

10月26日、27日に建築会館で行われた学生ワークショップ2019。建築文化週間の1行事として有志で集まった学生が内容を企画し毎年違ったワークショップが行われている。自分自身もこの実行委員として約半年間企画や諸準備をしてきた。始まる前までは正直いうと不安な部分も多くあったものであったが、終わってみると実りの多いワークショップになりえたと思う。

心配であったものの一つは参加者がワークショップの趣旨を理解し、2日間を共にするチームが作れるかである。全国から集まった約100人ほどの参加者は、まず2人ほどのユニットを組み、会場内に散りばめられたキーワードから興味を持ったものを1つ選ぶ。このキーワードは事前に参加研究室からピックアップしてもらったもので、これらは会場内に散りばめられている。配置の仕方も単にランダムに置くのではなく、会場内に大きな座標系を敷き、各キーワードには座標が与えられている。キーワードが乗る座標軸は建築/都市と周縁/中心の2軸を取る。

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ユニットでキーワードを選んだのち、次にキーワードを組合せる作業にはいる。自分の持っているキーワードと合いそうなもの、一緒に考えたいキーワードなど歩き回るうちに探していく。こうして3-4のキーワードを持ったユニットが集まり一つのチームになる。結果としてこうした複雑な過程でありながらも、滞りなくおのおのがキーワードを見つけることができ、魅力的な組み合わせを作り出すことが出来ていた。f:id:arc0183:20191111213656j:plain

順調にチームが作れたわけだがもう一つ心配点であったのは、「短時間で成果物をつくれるか」ということであった。作業が開始されるのは当日の午後15時、1日目の中間発表で一回締めたあとは2日目の午後には最終発表というタイトスケジュールである。もちろんチームは初めて会った複数の大学で構成されており、キーワードも初めて触れるものもあるかもしれない。そうした状況の中でのワークショップであったが、活発に議論がされており、中間発表時では各々面白い話の発展のなされ方がされていた。もう一つの心配としてみんな同じようなテーマになってしまうのではないかとも思っていたが、そんなこともまったくなく多種多様な話が発表された。また、各大学の先生方も多く来てくださり、議論を発展させてくださるような話を多く聞くことが出来た。

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2日目は午前中の非常に短い時間しか作業をする時間はなかったがそれでも各班で協力し模型、プレゼンを作成していた。模型道具に関してはレモン画翠さんが多くの協力をしていただき成果物作成に大きく役立ったと思う。

最終発表にも多くの先生方が来てくださり、とても意義のある議論の場になったと思う。令和における「建築」だけにとどまるだけでなく「建築家像」「建築設計プロセス」「建築家の職能」などどの班もテーマを幅広くとらえて案を発展させていた。

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このワークショップは始まるまでは不安な部分が多くあったが、この2日間を通して学生が多くの議論をすることが出来た滅多にない機会になりえたと思う。こういった場があることで中々話すことすらできない日本中の建築学生と議論し交流することのできる。こうした機会をつくる側としてだけでなく、使う側としても参加でき良かった。

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付属して建築会館のギャラリーでは30の研究室がそれぞれの活動を伝えるための展示を行った藤研究室のモックアップや古谷研究室のせんだいメディアテークの2棟案など中々目にすることのできないものもあり、これもまたワークショップ同様に閉ざされた研究室を公開する貴重な機会になりえたのではと思う。

New Nature/御手洗龍展 @プリズミックギャラリー

南青山にあるプリズミックギャラリーで開かれている『New Nature/御手洗龍展-新しい幾何学でつくられる小さな生態系としての建築』。御手洗さんが伊東事務所を独立してから取り組んできたいくつかのプロジェクトの模型とボードによる展示。ほかにも、みらいの図書館でやろうとしていた取り組みを展示会場で実践したり、土から模型を作った御手洗さんの仮想プロジェクトのようなものはクライアントに左右されずに理想の建築像のようなものを体現しているように思う。

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また、この日は御手洗龍さんと平田晃久さん百田有希さんという3人の伊東事務所OBによるトークで、自然・幾何学という非常に奥深い話を聞くことが出来ました。自然という限りない話で、中々理解が追い付くことが難しいほど話が広がっていましたが、平田さんの建築に対する熱意をとても感じるレクチャーでした。建築が大きな自然の枠組みの中で何を果たすのか、今の時代で建築をすることが何の意味があるのか、そうした問いに対しての考え方を知る機会になった。

また、平田さんは御手洗さんのことを、構造としての幾何学が人の関係を作るという伊東事務所を正当に継いでいると評していたのも非常に面白く、多くの建築家を輩出している伊東事務所の中でそれぞれどういう立場を持っているかは興味深い。以前平田さんがプリズミックギャラリーで展示をした時期と御手洗さんはほぼ同時期であるといい、これから建築像を見極めていくのかなと思う。御手洗さんがこれから伊東さん、平田さんなどの建築と違い、どういう方向で建築を創るのか見ていきたいです。

とても楽しい展覧会とレクチャーでした。

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SDレビュー2019 @代官山ヒルサイドテラス

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毎年行われてる若手建築家の登竜門とも言われてるSDレビューの展示会に。今回は研究室の直属のお世話になった大村さんの作品もあると行くことで見に行くのが楽しみな展示会でした。(ほんとに微力ながら模型製作も手伝えて良かったです。)大村さんは以前アアルト展の展示構成をしていた時にも、模型の向きやスポットライトの向きなど細やかな部分に気を使った設計をしており、今回もそうした展示の部分がとても興味深かったです。

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大村さんと齋藤さんの「倉賀野駅前の別棟」はこれから行われる予定の都市計画に対して異なる面を持つ建物で、住宅と公共性を持つ空間の中間のようなものです。駅に非常に近く、中々計画が進まないロータリーに面する面、駅のホームから見える面、住宅と接する面と異なるスケール感で構成されている。郊外の特殊な敷地状況に対して考えられた建ち方がとても面白かったです。

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ほかにも作品は驚くほど多様で、「蓮のある風景」や「小規模集落の極小観測住宅」は展示方法と設計内容の調和具合が見ていて楽しいものでした。建築の構成や形態もとても夢があり実現が楽しみなプロジェクトでした。

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展示場所はヒルサイドテラスの内部を3つに分けており、そのブロックごとでも特色が分かれていた印象を受けました。順路でいうと最後の階段を下りた階高の高い部屋は巨大なモックアップや多数のスタディ模型がずらりと並びガラリと展示風景が変わったようでした。

 

東京での展示会は22日で終わってしまいましたが、10月4日から京都工芸繊維大学で3週間ほど展示されます。

www.kajima-publishing.co.jp

 

空中庭園幻想としての梅田スカイビル

この前旅行で訪れた大阪で訪れた梅田スカイビルについて実際に訪れた感想を書きたい。なんだかんだ初めて訪れる建築で、この旅の中でかなり楽しみにしていた建築物のうちの一つである。

空中庭園」という言葉は幻想的な風景を思い浮かべるが、実際にこの梅田スカイビルは現代における空中庭園を目指した建築である。原さんはかつて研究室として集落調査を世界中で行なっており、その中で人類の共通の願望としての空中庭園を見ることが出来たという。f:id:arc0183:20190924200551j:plain

中央に空いた大きなヴォイドの内部を2本のエスカレーターが貫通する。上部の展望台からは大阪を庭のように見下ろすことが出来る。ここでみられるエスカレーターによる人の動きや展望台の仕組みは合理的なものではなく(展望する行為そのものもそうだが)そうした神秘性、物語性がこれからの建築に求められているように思える。

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出典:http://paintschainer.blogspot.com/2019/03/blog-post_37.html?n=2

 

このドローイングは原先生によるもので、空中に円形のヴォイドが空いた建物がエスカレーターによって上下左右に連結されている。今あるスカイビルが上部だけを残して多く増殖していく様子はメタボリズム時代の建築のようにも見える。原先生はメタボリズムとして分類されることはなく、原先生自身もメタボリズムとして言えるのは黒川さんや菊竹さんのスカイハウスしかいないといい、その間にある差や考えの違いはまだ自分の中に持てていないので知りたいところでもある。

https://www.kanazawa21.jp/tmpImages/videoFiles/file-52-10-file-5.pdf

 

 

GAアーキテクト (13) 原広司―世界の建築家 (GA ARCHITECT Hiroshi Hara)

GAアーキテクト (13) 原広司―世界の建築家 (GA ARCHITECT Hiroshi Hara)

 

 

 

photo_金沢海みらい図書館_TOYAMAキラリ

先日の金沢で行われた学会のついでに2つの図書館を見てきた。シーラカンスK&Hの金沢海みらい図書館と隈事務所のTOYAMAキラリ(富山市立図書館)のどちらも比較的新しい北陸の建築でありながら、規模も建物内に入り込む用途も全然違く見比べると面白かった。同じ日に二つ廻れたのが良かったのかもしれないなと思う。それぞれの感想は写真のあとで。

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海みらい図書館は大小異なる3つの大きさの丸窓が無数に空いており、写真を見てもわかるように開架図書のある2,3フロアには天井からの照明はない。

丸窓から入る外からの光と机上を照らすタスく照明の組合せで照度を保つのはなかなか思い切った計画のように思える。この日は晴れていたが、曇っているときにどのくらい内部の明るさが変わるかは気になる。中央の階段とエレベーターが入る円柱は背の高い本棚に囲まれた中で、自分の位置を知る標としても働いているかなと思えた。

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TOYAMAキラリは1階部に銀行中層部に図書館、上階にガラス美術館が入る複合施設で、中央部を吹抜がずれてつながる。吹き抜け部にあるルーバーがやはり特徴的で、ランダムな向きにルーバーが取り付けられており、エスカレーターで登る際に見える景色が変化し続ける。

 

この図書館のためにつくられた独自のサイン計画も印象的で、鏡面に覆われた柱に反射し、主張がとても強めなサインだった。訪問者に気づいてもらうことが当然ながらサイン計画の重要な要素ではあると思うし、強調をしながらも建物から浮かないための設計がされているように思えた。

 

すでにされている建築側の操作が強いから出来ることかもしれないけれど、青木淳さんの大宮前体育館で聞いたサインの話とは逆のことながら、根本にあるサインがどうあるかは近いしいものを感じた。

 

 

 

隈研吾教授最終連続講義 第五回「緑と建築」 @安田講堂

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今回の隈先生の最終講義は、前回から1か月以上が空いての講義で全10回の内折り返しの5回目の講義でした。造園の専門家である進士先生と涌井先生を招いてのレクチャーでこの最終講義の分野の多様さを感じるものでした。「造家」という言葉を伊東忠太が「建築」に改めて以降、「建築」と「造園」の関係性が変わってしまった話や「造園」の持つ意味も時代の変化によりガーデニングや庭いじりと混同されている話は興味深いものです。緑の持つ価値は変化することにあるとしゴルフ場の人工芝な時間による変化がない、生命を持たないものには元々の造園としての意味を持っておらず、造園を考えるときにはそうした時間を考える必要を感じました。建築に用いられる木材も時間が停止している訳ではなく、時間によって変化をし、むしろその変化によって経年劣化するのではなく時間によって良くなるための工夫を考えたいと思わされました。

良い造園の例として隈先生の手掛けた作品もあるポートランドの庭園が取り上げられていました。海外にも600ほどの日本庭園があるがどうしてもそうした庭園は日本人の思い浮かべる庭園とは程遠いものになりがちですが、ここの庭園は高く生い茂った森に囲まれていることで日本人の原風景に合っているといいます。3年前にポートランドのJapanese Gardenを訪れたときはまだ隈先生の建築は工事中だったのですが、日本庭園はすごいしっくりくるものだったのを覚えています。

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人の手が加えられた風景だけでなく、人の手の到底及ばない森が背景にあることが日本人にとっての庭なのではと思うようになりました。

夏休み中に参加したあるインターンで「広場」を考える機会があり、その時には”日本人にとっての”という言葉が頭につくと表されるものが大きく変わると感じました。ヨーロッパ的な広場は美術館や教会などの前に広がるものが広場であり、そう考えたときに日本的な広場は寺社と森の前に広がるものという大きな違いがあることに気づきました。広場については今月の建築討論でも特集されており、個人的にとてもタイムリーでした。

建築討論 – Medium

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庭園も日本と海外では大きく違うことをこの講演で何よりも実感しました。「完成」という言葉を使わず「概成」という言葉で表現する日本的な感性は大事にしたいと思います。

この講演ではほかにもポストモダニズム論を成長や時間などを通して貴重な話を聴けた良い機会でした。f:id:arc0183:20190901124933j:plain