窓展 @東京国立近代美術館

東京国立近代美術館で今日まで行われていた窓展に滑り込みで行けた。窓という建物の内部と外部を仕切る境界というだけでない、解釈の幅の広さを知りうることの出来る展示であった。展示数もとてつもなく多いのだが、どれも窓のもつ違う側面を表していることを見ると分かる。また、展示の方法もリアルなモックアップの展示から抽象画、建築のドローイングに動画などと多様である。

ロイ・リキテンシュタインの動画では、個人が窓から外を歩く人を眺めている様子が延々と流されているのだが、そこには観察者の虚実まじりのナレーションが付け加えられる。実際の個人の情報と窓越しの情報が等価に扱われる。

窓が何を通す境界であるかについて、着目している作品がローマン・シグネールの作品である。ロケットや帽子など通常は通し得ないようなものが窓を通過する動画では、窓自体について考えさせられる。また、《よろい戸》では風という窓が通しうるものでありながら、換気とは関係のない意図で風が吹き、窓が開閉する。通すものは同じでありながら、自動的に開閉を繰り返す様はシュールな光景でもあった。窓がもつ開閉という可動性と、開け閉めという動作の主体性がシュールで面白い。

ゲルハルト・リヒターの《8枚のガラス》では、ガラスのもつ可能性が示されてる。ガラスの反射の効果を引き出すように、角度がついた8枚のガラスは、複雑に反射し風景を変化させる。自分の立ち位置によって、周辺の景色も変わるし、さらに言えば自分の映り方も多様に変化する。周辺をぐるぐると回りながら、窓が周囲の風景を引き込むことの延長のようにこのガラスは周囲を巻き込んでいた。

窓という言葉の定義を超えたものから定義に立ち返ったものなどが、それぞれ濃い密度で表されている印象であった。建築でも、内部空間と都市をつなぐ境界面としての窓は大変興味のある内容であって研究対象でもあるのだが、ここまで広義の意味での窓に触れる経験をすると一体窓とは何なのかわからなくなる。会場でもらえる冊子もとても勉強になるのであったので、一度時間を置いてから読み返して頭の中を整理したい。それほどとても勉強になるし、刺激を受けることのできるような展示会であったと思う。

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